創作造形(C)ボークス・造形村

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3月11日
運命の日が始まる

その日、仕事が終業したのは17時
更衣室で皆が騒ぎ出していた

その時の断片的な情報では
・どうやら関東地方で、かなり大きな地震があった
・東京はパニック状態
・多数(百人単位)の死者が出ている
・津波が沿岸部を襲った
等どれもあやふやな物ばかりだった。

えも言えない不安が背中を這い上がって来るのを覚える
ただその時は、震源が関東地方と誤報(と言うより又聞き)だったので
とりあえず帰ってニュースを見ない事には何とも言えないと思った。

帰宅後即テレビをつける
そこに写っていたのは絶望的な状況であった。
16年前の悪夢が蘇る
いや、あの時(阪神淡路大震災)よりもっと酷い状態だ。
更に最悪なのは、震源が東北地方なのに
東京都心ばかりが画面に映し出されている事である。

それは震源近くにカメラが近付けない事を示しているのだ
神戸の時と同じく、(カメラが近付けない)被災地域は想像を絶する惨状に違いない。

真っ先にavec toiのCHIE様の無事を確認したかったが
まず現地とは連絡が取れないだろうし
今頃日本中から安否のアクセスが集中してるだろうから
こちらから不用意に連絡すると
回線がパンクする助長になるだけなので我慢した。

2日前に交わしたメールが余計に心に刺さる
あの時は「余震に気を付けて」と言ったけど
せいぜい震度1~2程度とたかを括っていたのだ。

もうこの状況では、ただただ無事を祈るしか手は無かった。
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2011.07.08 / Top↑
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